業務管理
「担当者しか分からない」をなくす。保険代理店の業務引継ぎで残したいもの
顧客一覧だけでは引き継げない、対応中の案件や小さな約束。役割、教育履歴、資料、アクセス権まで、退職・異動時に残したい情報を3つの表とチェックリストで整理します。
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担当者が退職することになった。
顧客一覧は引き継いだ。
契約情報もシステムに入っている。
これなら大丈夫そうです。
ところが退職後、お客さまから電話が来ます。
「前回、○○さんにこうお願いしていたんですが」
誰も分からない。
別のお客さまからは、
「来月になったらもう一度連絡しますって言われていました」
これも残っていない。
さらに、
更新途中の案件。
保険会社へ確認中の事項。
まだ受けていない研修。
担当者しか場所を知らない資料。
本人しか使っていなかったクラウドサービス。
少しずつ出てくる。
保険代理店の引継ぎで困るのは、顧客名簿がないことより、
「担当者の頭の中にしかない仕事」が残っていること
だと思います。
今回は、募集人や担当者が退職・異動するときに、何を残しておけば業務が止まりにくいのかを整理します。
引継ぎは「顧客一覧を渡すこと」だけではない
保険代理店では、顧客ごとの契約情報そのものは保険会社のシステムなどに残っていることが多いと思います。
でも、実際の仕事はそれだけではありません。
たとえば、
「次回更新時にこの補償を見直す予定」
「お客さまが家族と相談してから返事する」
「事故について保険会社へ確認中」
「苦情について責任者と対応中」
こうした途中経過があります。
つまり、引継ぐ必要があるのは、
顧客そのものではなく、その顧客との仕事が今どこまで進んでいるか
です。
金融庁の現在の監督指針でも、保険代理店には、保険募集を行う使用人を適切に教育・管理・指導し、代理店の指揮監督の下で募集させることが前提とされています。 金融庁:保険募集管理態勢
担当者が変わったから業務の経緯が分からなくなる、という状態はできるだけ減らしたいところです。

最初に引き継ぎたいのは「今動いている案件」
全部の顧客について長い引継ぎ書を作る必要はありません。
まず優先したいのは、
今、何か動いている案件
です。
たとえば、
- 更新・更改の途中
- 新規提案中
- 顧客から回答待ち
- 保険会社へ照会中
- 事故対応中
- 契約変更手続中
- 苦情・問い合わせ対応中
- 書類の不備対応中
- 今後連絡すると約束している案件
などです。
こうしたものについて、
誰の案件か
だけでなく、
今どこまで進んでいるか
を残します。
引継ぎメモは、これくらいでいい
たとえば一件の案件なら、
| 項目 | 記載例 |
|---|---|
| 顧客 | ○○株式会社 |
| 案件 | 火災保険更改 |
| 現在の状況 | 見積り2案を提示済み |
| 顧客の意向 | 保険料より補償範囲を重視 |
| 次の対応 | 10月5日に顧客から回答予定 |
| 注意点 | 水災補償について再度確認希望 |
| 関連資料 | 顧客管理システム案件No.1234 |
| 引継先 | 山田 |
これくらいでも、後任者はかなり動きやすくなります。
ポイントは、
過去を全部説明することではなく、「次に何をすればいいか」が分かること
です。
「お客さまと約束したこと」を残す
引継ぎで特に抜けやすいのが、正式な契約情報ではない約束です。
「来月電話します」
「この資料を送ります」
「家族の契約も次回確認します」
「保険会社に聞いて折り返します」
こういうものです。
担当者本人にとっては覚えているので、わざわざ記録していないことがあります。
でも退職・異動すると、その記憶ごと消えます。
そして後任者から連絡がないと、お客さまから見ると、
「代理店が約束を忘れた」
になります。
担当者個人との約束ではなく、代理店との約束として残す。
この意識はかなり大切だと思います。

引継ぎ書に全部の個人情報を書き写す必要はない
ここは注意したいところです。
引継ぎをしっかりしようとして、
顧客の住所。
電話番号。
契約内容。
事故内容。
健康情報。
家族情報。
を、新しいExcelへ全部コピーする。
これでは、個人情報を管理する場所がもう一つ増えます。
すでに顧客管理システムや保険会社システムに正式な情報があるなら、
引継ぎ資料には、その情報の場所を示す
だけでも十分な場合があります。
たとえば、
詳細は顧客管理システム「案件1234」を参照
とする。
金融庁の監督指針では、顧客情報は業務上必要な範囲でアクセスできるよう管理することが重視されています。個人情報保護委員会のガイドラインでも、個人データを扱うシステムについて、担当者と取り扱えるデータ範囲を限定する適切なアクセス制御が求められています。 金融庁の監督指針/個人情報保護委員会:通則編
引継ぎのために、顧客情報を余計に複製しない。
これも一つの考え方です。
顧客案件の次に、担当者が持っている「役割」を引き継ぐ
退職する人が持っている仕事は、顧客対応だけとは限りません。
たとえば、
個人情報管理の担当者。
教育担当。
自己点検の取りまとめ。
保険会社との連絡担当。
システム管理者。
苦情対応責任者。
こうした役割を持っている場合があります。
本人が辞めたあと、
「そういえば自己点検の取りまとめって誰がやるの?」
となる。
これは避けたいところです。
なので引継ぎでは、
案件
だけでなく、
役割
も一覧にしてみます。
| 役割 | 現担当 | 引継先 | 引継ぎ内容 |
|---|---|---|---|
| 自己点検取りまとめ | Aさん | Bさん | 年次予定・資料保存場所 |
| 研修管理 | Aさん | Cさん | 未受講者・次回研修 |
| 保険会社窓口 | Aさん | Bさん | 担当者連絡先・照会中案件 |
| システム管理 | Aさん | 管理者 | アカウント管理権限 |
これだけでも、
「その人がいなくなったあと、誰も担当していない仕事」
を見つけやすくなります。
教育状況も引き継ぐ
たとえば、異動する募集人が、
今年の個人情報研修は受講済み。
比較推奨販売研修は未受講。
新人研修の一部がまだ終わっていない。
こうした状態だったとします。
異動したから教育履歴をリセットするわけではありません。
後任部署や管理者が、
何を受けていて、何がまだなのか
を確認できるようにしておく。
以前の記事で扱った研修記録が、ここで生きてきます。
担当者が変わっても、
教育履歴自体は会社側に残る。
こういう状態にしておきたいところです。
社内規程・マニュアルも「その人しか場所を知らない」をなくす
よくあるのが、
「その資料なら○○さんのPCにあります」
です。
これはかなり危ない状態です。
社内規程。
保険会社からの重要な通知。
教育資料。
業務マニュアル。
過去の点検資料。
こうしたものは、
個人のPCではなく、会社として決めた場所
に置いておく。
引継ぎ時には、
「ファイルそのものを全部渡す」
というより、
どこへ行けば最新版があるか
を共有する方が長期的には使いやすいです。

退職・異動では「渡す」だけでなく「止める」作業もある
引継ぎというと、
新しい担当者へ権限を渡すことばかり考えます。
でも同時に、
元の担当者の権限を止める
必要があります。
たとえば、
- 業務システム
- 顧客管理システム
- クラウドストレージ
- 社内メール
- 保険会社システム
- 共有フォルダ
- 業務用端末
などです。
個人情報保護委員会のガイドラインでは、担当者と取り扱えるデータ範囲を限定するアクセス制御が求められています。また、東京都が公開するISMS管理策の確認用リストでは、退職時のアカウント削除や、異動時のアクセス権の削除・再登録が具体的な手順として示されています。 個人情報保護委員会:通則編/東京都:アクセス権の管理手順
なので、
新しい人へ権限付与 + 元の人から権限削除
までがセットです。
パスワードを「引き継ぐ」のは違う
ここも実務ではありがちです。
「このシステムのIDとパスワードです」
と後任者へ渡す。
でも、本来個人ごとにアカウントを持てるシステムなら、
後任者用のアカウントを作る。
前任者を停止する。
という方が分かりやすいです。
共有パスワードを渡し続けると、
誰が操作したのか分からなくなります。
引継ぎは、
人のアカウントを渡すことではなく、業務権限を次の人へ移すこと
と考えた方がいいでしょう。
メールボックスも意外と重要
退職者のメールをすぐ削除してしまった。
あとから、
「保険会社とのやり取りがそこにしかなかった」
となることがあります。
逆に、退職者のメールアカウントを何年も有効にしたままにするのも問題です。
なので、
必要な業務メールを会社側で確認できる状態にする。
担当案件の重要なやり取りは、顧客管理システムや共有場所へ残す。
そのうえで、アカウントを適切に停止する。
という流れを決めておくと扱いやすいです。
保存期間やメールの取扱方法については、自社のルール、所属保険会社の基準、個人情報管理方針等に合わせて決める必要があります。
引継ぎチェックリストを作るなら
実際には、これくらいの一覧があるだけでもかなり違います。
保険代理店 業務引継ぎチェックリスト例
| 分類 | 確認項目 | 完了 |
|---|---|---|
| 顧客案件 | 対応中・更改中の案件を一覧化した | □ |
| 顧客案件 | 顧客との今後の約束・期限を残した | □ |
| 顧客案件 | 保険会社への照会中案件を残した | □ |
| 苦情・事故 | 未完了の対応を引き継いだ | □ |
| 業務役割 | 自己点検・研修等の担当業務を引き継いだ | □ |
| 教育 | 研修の受講・未受講状況を確認した | □ |
| 資料 | 規程・マニュアルの保存場所を共有した | □ |
| 権限 | 後任者に必要なシステム権限を付与した | □ |
| 権限 | 前任者の不要な権限を停止した | □ |
| 端末 | PC・スマホ・証票等を返却した | □ |
| 情報 | 私物端末等に会社情報が残っていないか確認した | □ |
| 届出 | 必要な変更・退職等の届出を確認した | □ |
これは公式の法定チェックリストではありません。
実際には所属保険会社の手続や、自社が使うシステム・業務内容に合わせて調整してください。

引継ぎ期間が短いなら、優先順位を決める
突然の退職で、
引継ぎ期間が一週間しかない。
そんな場合もあります。
全部きれいに整理する時間はありません。
そのときは、
①顧客影響があるもの
まず、対応中案件、更新期限、事故、苦情、約束。
②期限があるもの
保険会社への回答、自己点検、届出、顧客への連絡。
③本人しか分からないもの
特殊案件、資料の場所、保険会社との個別調整。
④アクセス・権限
退職後もアクセスできてしまうシステム。
この順で見ると、優先順位を付けやすいです。
ただし、不要なアクセス権の停止を、他の引継ぎが終わるまで後回しにするという意味ではありません。退職・異動等に合わせて停止する日時と担当者を決めておきます。
引継ぎ資料の見た目を整えるより、
止まったら困る仕事から会社側へ戻す
方を先にします。
引継ぎ後、一週間くらいで「残っていないか」を確認する
引継ぎ完了。
退職。
それで終わりにすると、数日後に忘れていた仕事が出てくることがあります。
なので、引継ぎ後に一度、
対応中案件。
未処理タスク。
共有メール。
研修状況。
システム権限。
などを確認する機会を作る。
担当変更後に顧客から問い合わせが来て初めて気づくより、こちらの方が安全です。
社内規程に入れるなら、どんな文章になる?
引継ぎを毎回その場で考えるのではなく、退職・異動時に何をするかを社内規程や手順書にしておく方法があります。
私たちが提供している保険代理店向けの自己点検・教育管理サービス「TAGNOTE」に収録している規程では、たとえば募集権限について、
TAGNOTE収録規程例 第23条「募集権限」
募集人ごとに取扱保険会社、商品、募集方法、承認権限およびシステム権限を設定する。
退職、休職、異動、委託終了その他権限不要時は、直ちにシステム停止、証票返却および届出を行う。
としています。
個人情報へのアクセスについては、
第61条「アクセス管理」
業務上必要な者に限り、最小権限で情報へのアクセスを認め、共有IDを原則禁止する。
異動・退職時の権限変更、定期棚卸し、アクセス記録の保存および不審操作の確認を行う。
また、業務記録については、
第92条「記録の真正性」
記録は、作成者、作成日時、対象、判断、承認および変更履歴を事後に確認できるものとする。
という考え方にしています。
この3つを組み合わせると、
仕事の経緯は会社側に残す。
人が変わったら権限も変える。
という引継ぎの基本が見えてきます。
※これらはTAGNOTEが実務利用を想定して作成している規程例であり、金融庁・損保協会・所属保険会社の公式規程そのものではありません。自社の体制や所属保険会社のルール等に合わせて確認・調整してください。
TAGNOTEに登録すると、これらを含め、TAGNOTEに収録している保険業務規程テンプレート一式を確認できます。

本当は、退職が決まってから引継ぎを始めない方がいい
ここまで書いてきましたが、理想はこれです。
担当者が辞めることが決まってから、
急いで頭の中の情報を全部出してもらう。
ではなく、
普段から、
顧客との重要なやり取りは記録する。
研修履歴は会社側で管理する。
規程は共有場所に置く。
タスクには期限を付ける。
業務システムは個人アカウントで管理する。
この状態にしておく。
そうすれば退職時の引継ぎは、
「全部教えてもらう作業」から「担当者を変更する作業」
に近づきます。
最後に、今一番困る人を一人想像してみる
今、社内の誰か一人が明日から一か月休むとします。
誰が休んだら、一番困るでしょうか。
その人について、
今動いている顧客案件を他の人が確認できますか?
次に何をする予定か分かりますか?
その人しか持っていない資料はありませんか?
その人しか使えないシステムはありませんか?
担当している社内業務を誰かが引き継げますか?
もし、
「この人がいなくなると相当困る」
という人がいるなら、
その人が悪いわけではありません。
そこに、
会社としてまだ共有できていない仕事がある
ということです。
一つずつ会社側へ戻していく。
それが、属人化を減らす一番現実的な方法だと思います。
運営:株式会社Arima Estate · 編集方針・著者情報
出典・参考資料
- 金融庁「保険会社向けの総合的な監督指針」
該当箇所:保険募集管理態勢、顧客情報管理態勢。2026年9月30日確認。
- 個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」
該当箇所:技術的安全管理措置:アクセス制御、担当者と取り扱うデータの範囲の限定。
- 東京都「ISMS管理策毎の実施手順の確認用リスト」
該当箇所:5.18 アクセス権:退職・異動時のアカウントとアクセス権の管理手順。
